素顔が見られる、女の子投稿型フォトダイアリー。
こんばんは
吉原ローテンブルクの八木です
今夜は
ほうれん草のお浸しと
鰹のたたきをいただきました
低脂質高たんぱくを続けています
とってもゆるやかですが
リバウンドのしづらい
より健康的な身体づくりを楽しんでいます
ひとまわり身体のデザインを
小さくしようとしています
こつこつ積み上げることは
私にとって趣味のようなもので
今日もこつこつたのしみます
さてお風呂をいれて
明日の準備をしていきます
お先におやすみなさい
香苗
こんにちは
吉原ローテンブルクの八木です
一緒にお出かけすることも多い
母と私の関係
昨夜もときどきのLINE電話で
他愛ない会話でまったりしておりました
その電話の中で
「今の苺はいまいち?」
という話題になりました
苺の変化に気付いていなかったので
よくよく話を聞いてみると
苺に求める味わいが
違うことがわかりました
苺の好みというと
私にとって
こだわりの代表例のような
お話があります
それは
苺は甘いことが果たして
本来の苺らしさのようなものなのか
ということです
もちろん品種の開発や生産等に関わる方々の
努力や高級いちごを
否定する意図ではありません
時々、口にさせていただく
希少ないちごの芸術的な味わいに
うっとりしてしまうのも事実です
一方で
私自身が
苺に美味しいと感じるポイントは
甘さというよりも
香りと酸味のほうなのかな
と、思うことがあります
中でも苺の酸味は
不思議な心地よさを感じるのです
その理由は幼少期の経験と
関係しているのかもしれません
幼少期を田舎で過ごしました
当時、道端にへびいちごを見つけ
食べたことがあります
ひと粒を家に持ち帰り
台所で洗って
ティッシュを広げていただく
そのときの高揚を
ふと懐かしく思う時があります
当時の「へびいちご」体験は
私にとって
苺は甘さだけではないことを
教えてくれたように思います
甘いは美味しいというだけでない
ということを知れることが楽しいように
色んなことがらを
様々な視点でみられるようになることに
心地よさの感じる日々
なんとなく大切にしたい気持ちがあります
苺の甘さに関する考え方は
私自身を知っていただく
ひとつのエピソードのようにおもいます
よく頭の中でひとりごとのように
思い出したりしているので
既に日記で発信していたらごめんなさい
たくさん香苗のことを知ってくださって
本当に有り難うございます
香苗
おはようございます
吉原ローテンブルクの八木です
実は
あれこの話題って投稿したかしら
というお話があるのです
日記に書こうと思っては
書いたのか、書きそびれたのか
何度も忘れてしまっています
もしかしたら重複してしまうかもしれませんが
このあと投稿してみます
またこの話題と
お心当たりのある場合
お教えいただけると有り難いです
頭の中で
ひとりおしゃべりをしていて
発信したかどうか記憶の曖昧な
香苗